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第三章 

30話)辛い過去



「・・・・・。」
 翔太の話は重すぎる。
 彼の話が本当なら、とんでもない話だった。
「翔太のお父さんも、お母さんも、自分達が兄妹なのは知っていて、そうなってしまったの?」
 かすれた声で質問する芽生に、翔太はコクンとうなずく。
「田舎の特殊な環境で育ったらしい。両親の実家は邑の祭祀を預かる家柄だったらしくて、母は巫女。父は神官のような仕事をしていたようなんだ。
 実は芽生の両親も同郷出なんだぜ。母親同士が姉妹だから当然って言えば当然か・・。
 詳しい事は俺も知らないんだけれど、いくら田舎で、特殊な環境の元でも、兄妹同士の結婚は認められてはいない。
 駆け落ち同然で、都会に出てきて、母さんは子供を生んだ。
 血が濃すぎると、倫理面ではとにかく、遺伝的にはあまりいい事はないらしくて・・だからと言って、絶対障害を持つ子供が生まれるとは限らないだろうけど・・・。
 兄さんは、間違いなく前者の説を立証していたよ。
 同時に、両親のしたことが過ちだったと、大声で叫んでいるようなものだった。
 母さんは自分を責めて、次第に精神を病んでいった。
 父さんもおかしくなっていったのかな・・。
 ・・・この話は、オヤジさんから聞いたもので、俺も子供の頃の話なんで、当時の事は、あまり思い出せないのが現状なんだ。
 だから、うまく説明できないんだが・・。」
 言って、少し上を向く彼の視線が彼方に飛んでしまっている。
 過去に思いを馳せて、虚ろになってしまった彼の瞳をぼんやり見ながら、芽生は、翔太なりに自分たちの事を、説明しようとしてくれている気持ちがよく伝わってくるのだった。
「私、そんな事情も全然知らなかった・・・のほほんと生きていた。」
「出来るなら、知らずにいてほしかった。こんな冥い過去の話は。」
 呟きながら、翔太は片手のみ、ソッと芽生の肩を抱いてくる。
 恐ろしくオズオズとした仕草で、コツンと頭を合わせると、
「だから余計、俺達は結ばれてはいけない関係なんだよ。」
 と言った翔太の言葉。
 芽生の心の奥底に、ズシンと響いた。
 



 翔太が触れた肩の部分が熱かった。
 真剣な話をしているのに、顔を寄せられ彼の吐息が耳にかかって、不謹慎にも震えが走った。
(こんなにまで好きなのに・・・。)
 翔太に触れるのは、許されない行為なのだ。
『・・・俺達は結ばれてはいけない関係なんだよ。』
 と言った後、翔太はしばらく動かなかった。芽生の存在の余韻に浸るかのように、ちょっとの間ジッとしてから、
「お風呂沸いている?」
 ポツリと聞いてくる。
「うん。・・・そろそろ沸いた頃かもしんない。」
 芽生の返事に、彼はスーと身を退いて立ち上がった。
「先に入るよ。」
 言って、チラリと見てきた翔太の瞳。
 とても寂しげな、大切なモノを失った喪失感そのものを表わしていた。
 ダイレクトに入ってきた彼の感情が、芽生の心を切り刻む。
 そして翔太は扉を開け、部屋を出て行ってしまった。
「・・・どうしてこうなっちゃったの?」
 残された芽生は、一人自問自答するが、答えが出るわけがなかった。
 けれど、ハッキリしていることが一つ。
 これからは、翔太を誘惑するような服を着用してはいけないという事だった。
 一緒にきわどいビデオを見るのもNGだろう。
 怖い映画を見て、眠れないからと言って、彼の布団にもぐりこむ行為も、控えなければならない筈だ。
 それくらいは、芽生でもわかる。
 この部屋にも・・・。
 これ以上、ここにいる理由がない。
 ゆっくりとした仕草で立ち上がると、芽生は翔太の部屋を出てゆくのだった。